その姿を見つけたのは、女子寮前だった。
最近新たに塗られたのか、真新しい白色が眩しいベンチに、彼女は腰を下ろしていた。
煌く太陽に熱せられた地面が、ゆらゆらと陽炎を作る。
じわりと滲み出る額の汗を少し気にしつつ、僕は彼女の下へと歩み寄った。

「……ここにいたの、鈴」

応答はなかった。
顔を上げる事もなく、がっくりとうなだれる様に、目線は垂直に地面へと落ちている。
今の鈴には、声を出す気力もなかった。

「隣、座るね」

返答を待たずして、鈴の隣へと腰掛ける。
鉄製のベンチは、ズボン越しにでもわかるくらい熱くなっていた。
地肌で触れていたら、もしかしたら火傷していたかもしれない。
さんさんと僕らを照らす太陽を手のひら越しに見上げながら、履いているスラックスに、僕は心の底から感謝を述べた。

「……あたしは、どうしたらいいんだ」

蝉時雨に紛れる様な、小さな呟きが耳に入った。
間近にいる僕ですら、何とか聞き取れる程の。
相変わらず、視線は僕には向いていない。

「……いつも通り、でいいんじゃないかな」
「そんなこと、できるわけないだろ……」
「でも、逃げるわけにはいかないよね……違う?」
「でもどうしていいかわからないんだっ!」

癇癪を起こした様な喚き。
ようやく僕を向いてくれた目は、僅かに涙を溜めていた。
逃れられない現実。
それに立ち向かえなかった自分。
鈴は今、どうしようもない程に絶望の淵へと陥っていた。

「まさか理樹まであたしの前からいなくなるのかっ!?みんなみたいにっ!」
「それは違うよ、鈴。皆、鈴に強く生きてもらおうと思って――」
「それでも変わらなかったっ、何もかもっ!」

語気が一層高まっていく。
至近距離でのつんざく様な声は、痛いほどに僕の鼓膜を震わせる。
その、詰まる想いと共に。
もし神がいるとしたら、何故鈴にこんな過酷な道を歩ませたのだろうか。
何故鈴みたいな弱い少女を、痛めつける様な真似をするのか。
くしゃくしゃに顔を歪ませる鈴に、僕の胸がきりきりと痛む。

神よ、僕は貴方を恨みます。
そして。
貴方と同じ事をしようとする自らも、十字架へと掲げましょう。

「きっとわかってくれるよ。皆も……そして、恭介も」
「『それを認めるのもまた強さだ』としか言われなかった」
「どうしようもないことだから……それしか、方法がないんだ」
「本当にか?あたしが強くなるしか、道はないのか?」
「時計の針は戻らない……そういう事なんだよ、鈴」
「……何で、こんなことになったんだ……」

悲痛な声を絞り上げる鈴に対し、僕は黙って見守る事しか出来る事はない。
後は、鈴が吹っ切るしかないのだから。
答えはわかっていつつも、それに踏み切るには、中々時間がかかるもの。
蝉時雨をBGMに、僕はひたすら鈴の答えを待つ。
時間にして約3分。
体感的な時計では、約10分。
たらりと汗が頬を伝った所で。
鈴が、顔を上げた。

「……理樹、行こう」
「決心は、ついた?」
「あぁ。もう大丈夫だ」

その声と表情からは、迷いが微塵も感じられない。
絶望の淵から這い上がるのに、彼女はそう時間はかからなかった。
本当に、強くなったと思う。
昔の鈴なら、こうはならなかったに違いない。
太陽を背負う鈴のきりりと締まった顔が、とても心強く見えた。

「じゃぁ、行くぞ」
「もう行く?」
「あぁ、善は急げだ」

鈴が飛ぶ様にしてベンチから立ち上がるのに続いて、僕もゆっくりとベンチから腰を上げる。
地面に転がった、一冊の本を拾い上げながら。

「ちなみに……どういう答えになったのかな?」

わかっていつつも、僕は鈴の口からそれが紡がれるのを期待し、改まって彼女へと訊ねた。
僕の手元にある本をじろりと一瞥した後、鈴は再度顔を引き締め、はっきりと声にして、言った。

「もちろん、お説教だ。とびっきりのな」



















『萌える妹全集』

恭介の机から発見された、彼の秘蔵本だった―――




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