「最近、佳奈多さんとリキは仲が良いですっ」
「……そう?」

しっとりと濡れた髪にバスタオルを当てながら、私は気のない返事を返した。
わずかに揺れた心臓に、気づかない振りをしながら。

「リキもよく佳奈多さんの話をしてます。それで恭介さんとかにからかわれたりしますが」
「へぇ……」
「佳奈多さんもよくリキのお話してます」
「そんな事はないわよ」

無造作に、脱衣場のカゴにバスタオルを放り投げ、ドライヤーを手に取る。
先にお風呂に入ったクドリャフカは、ベッドでごろごろとしている。
あなた、宿題はやったの?
言いかけた言葉はしかし、外へと出る事はなかった。
まるで、話題を変えるのを拒むが如く。

「佳奈多さんは……リキのこと、好きなんですか?」
「嫌いよ」
「佳奈多さんは意地っ張りですからねっ」
「何わかった様な事言ってるの……第一、直枝理樹を好きなのはあなたでしょう?」
「わふっ!?ち、違いますっ」
「はいはい」
「本当に違いますよっ?」

がばっと体を起き上がらせる。
目を泳がせ頬を染め、わふわふと声になってないその様子は、あまりにも反応がわかりやすすぎた。
……あの男の何が良いのかしら。
何となく胸に溜まるよろしくない気持ちにいらつきを覚えつつ、私は馬鹿みたいに優しいあの男に対して悪態をつく。
口に出せば、クドリャフカによる直枝理樹の素晴らしさ談義が小1時間程勃発してしまうので、それは心の中だけで留めたが。
小うるさい機械音と共に吹く温風を髪に当てる。
あの男へと向ける感情は、渇いてはくれなかった。

「こ〜い〜しちゃったんだ〜だけど〜」
「音痴ね」
「わふっ!?」
「冗談よ……その歌、近頃よく耳にするわね。流行ってるの?」
「はいっ、"中高生の男女に今年度絶大的な人気を誇った歌"なんですっ!」
「ふ〜ん……あなたも買ったの?」
「もちろんですっ。佳奈多さんも是非聞いてみてくださいっ」

そう言って、クドリャフカはオーディオから、早速曲を流し始める。
先程までのだらけぶりはどうしたと問いたくなったが、嬉々として再生ボタンを押すクドリャフカを見て、素直に曲に耳を傾ける事にした。
聞いた事のある、軽い曲調のイントロがスピーカーから奏でられ。
若い女性シンガーの声が、さらりと部屋内に響いていく。
零れる言葉、甘酸っぱい歌詞。
キャッチーなメロディーが、違和感なく心に入ってくる。
青春を歌い上げたこの曲は、その時代を生きる子達にとっては共感しやすいだろう。
ティーンエイジャーに人気が出るのも納得だった。


恋しちゃったんだ だけど気づいてないでしょう?
星の夜願い込めて CHE.R.RY
〜指先で送る君へのメッセージ


「……もう夜中ですけど、誰かにメールですか?」

ベッドに潜り込んだ私が携帯を開いた事に気づいたクドリャフカが、不思議そうに訊ねてきた。
時刻は既に日付が変わり、真夜中と称して良い時間帯。
学生の平日……もう既に寝静まっていてもおかしくない頃だった。
でも、私はメールを打つ。

「……気づいていないなら、確かめればいいのよ」
「わふ?」
「私もあの人も。やってみなければ、気づく事もないのだから」
「???」

指先で刻まれていく文字が、妙に高揚感をもたらす。
まるで悪ふざけをする子供の様な心境。
あの男はどう思うだろう?
そして私はどうなるのだろう?
駆け引きなんて、私は知らない。
外聞から得た知識が通用するとも思えない。
だったら……。

「ほんの一行でも、構わないわよね?」

素直に恋と認められない、意地っ張りな私でも。
星の散らばる夜空は見えずとも。
指先で送られたメッセージには、確実に何かが込められていたに違いなかった―――






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