「あたい、腹ン中に子どもがいるんだ……」

クドのその一言に、理樹は言葉を失った。
窓から差し込む西日は強く、逆行で目の前にいるクドの顔が見えないのもあって、その言葉だけが弾丸の様に理樹の胸を穿っていく。
テーブルに置かれたウイスキーグラスに入っている氷の、カランと透き通った音が、どこか遠くのものの様に思える。
頭の血の気が引き、今にも倒れこみそうになるのを理樹は感じたが、何とか踏ん張り、声を振り絞った。

「相手は、何て言ってるの?」
「さぁ。それを伝えたっきり、どこかへ逃げちまったよ」
「そんな。じゃぁ、探し出さないと」
「探したって意味ないさ。堕ろせと言われるか、帰れと殴られるのがオチさね」
「そんなに、ひどい人なの?」
「妊娠したと言った途端逃げる様な男なんだから、ろくでもない奴に決まってるさ」

自嘲気味に呟くと、クドはグラスを手に持ち、琥珀色の液体を呷る。
まるでやけ酒の様だった。
理樹はただただクドのそんな荒んだ様子を、立ち尽くしたまま見つめるほかなかった。
いたいけな少女の様な顔立ち、体をしているクドが、自分より一回りも二周りも老け込んでいる様に感じる。
グラスの中身を飲み干したクドの唸る様な長い一息が、さらにそれを助長させた。

「もう、やってらんないね。貢ぐだけ貢がせておいていらなくなったらポイ、だなんて」
「……」
「ま、リキにそんな話したって、しょうがないか」

あたいの問題だからね、気にしないでおくれとクドは力なく笑った。
その声は、まるで男のように低くしゃがれていた。
理樹が沈痛な面持ちで見ているのも気にせず、クドは笑いをすぐさま引っ込めて、醒めた目つきで窓の外を眺め始める。
テーブルに頬杖をついて夕陽に目を向けるクドの横顔は、妊娠したにも関わらず、どうでもいいと言わんばかりに淡白だった。
その様子を黙って見つめていた理樹だったが、とうとう居ても立ってもいられず、口を開いた。

「ねぇ、クド」
「なんだい」
「その、僕じゃ何も出来ないかもしれないけど、力になりたいんだ」

窓の向こうを見つめたまま、クドは、ふーんとだけ言った。
あまりに投げやりな態度に理樹は少したじろいだが、そのまま続ける。

「お金なら少しはあるし、皆にも協力してもらえばもう少し集まると思う」
「……」
「他にも色々協力できるだろうし、だから――」
「やめてよ、そういうの」

クドが金切り声を上げて言葉を遮った。
いきなりの事に声を呑み押し黙る理樹を一睨みすると、クドは乱暴に椅子から立ち上がり、ずんずんと大きな足音を立てて部室を出て行こうとする。

「ちょっと待ってよ」

慌てて肩に手を掛けると、クドは物凄い勢いで振り払い、柳眉を逆立てて叫ぶ様に言った。

「同情か何か知らないけど、そんなほどこしなんて勘弁してもらいたいね」
「何言ってるのさ。僕らはリトルバスターズで、親友じゃないか」
「そう思うんだったら、黙ってはいはいと聞いておくれよ。確かに切り出したのはあたいだけどね、何もそんなものを期待して喋ったんじゃないんだよ。誤解しないでほしいね」

一息でそう言い切った後、クドはふっと嘲笑を浮かべ、腰に手を当ててさらに続けた。

「それとも、何かい? リキはあたいに気でもあるのかい?」
「……」
「まさか、本当にそうなの? この期に及んで、あたいを好きとか言っちゃうんだ」

理樹の沈黙を肯定と見たクドが、嘲りをさらに深くし、声を張り上げた。

「はっ、なるほど。好きな女が慰み者にされたってんで、我慢ならなくなってそんな妙なこと言い出したわけだ」

クドがゲラゲラとせせら笑う。
理樹は言い返すことも出来ず、ただ俯くばかりだった。
涙が出る程ひとしきり笑うと、クドはさっと色をなし、理樹のネクタイをぐいと引っ張り、顔を無理矢理に近づける。
理樹の顔が怯えで溢れた。

「それこそ勘弁してもらいたいね。そんな事言ってあたいにつけこもうなんて、冗談じゃないよ」
「そういうわけじゃ」
「いーや、そうに決まってる。リキ、あんたとあたいの仲はもう何年だと思ってるんだい? 今さらそんな事言われたってこっちは困るんだよ」
「……」 
「舐めないでほしいね。いくら男に逃げられたからって、言い寄ってきた違う男に擦り寄る程落ちぶれちゃいないんだよ、あたいは」
「……」
「あんたみたいなアマちゃんなんてこっちがごめんさ。どうしてもモノにしたいってんなら、あたいが自分からま――」
「…………クド?」
「ま、ま、ま……わふー、やっぱり言えません」

そう喚くと、クドはすぐさまネクタイから手を離し、顔を真っ赤にして理樹から顔を背けた。
すると外から、カット! という声が聞こえたと同時、ぞろぞろと人が部室へと入ってくる。

「能美さん、何度目ですか」
「ごめんなさい。でも、恥ずかしくて」
「まぁ、クドリャフカ君の羞恥に染まる顔を見れただけで、私は満足だがな」
「理樹くんも、なっかなか役者でしたネ。ヘタレ具合とか特に」
「嬉しくないよ、それ」

やははー、と笑う葉留佳にげんなりしてそう呟くと、理樹はテーブルの上に置いてある冊子を手に取った。
『リトルバスターズ劇場〜西園美魚監修〜』と題されてあった。

「仕方ないな。じゃぁここは飛ばして、意気消沈する理樹を鈴が励ますところからやるぞ」

恭介が窓の外から大声でそう呼びかけると、部室内外から、はーいと威勢の良い声が聞こえてきた。
今日もリトルバスターズは元気だった。







適当な設定&あらすじ。
よかったらどうぞ。



【登場人物】

・能美クドリャフカ
体に似合わぬがさつな言葉遣いで、男女共に好かれる人気者。
大学一年の初夏に同じバイト先の男と付き合い始めるが、半年後に妊娠が発覚、恋人はそれを知り行方をくらます。
己の身にもう一人の命を宿しながら、クドリャフカは全ての事に疲れ、自暴自棄へと陥る。

・直枝理樹
クドリャフカとは高校時代からの友人であり、同じ大学、同じ学部。
以前からクドリャフカへ淡い恋心を抱いていたが、結局伝える事が出来ずにいる。
もはや諦めかけていたが、クドリャフカの妊娠、彼氏の蒸発を知り想いを再燃させ、献身的にクドリャフカに付き添い始める。

・棗鈴
理樹の幼馴染で、クドリャフカとも旧知の仲。
理樹がクドリャフカを好いているのを知っていた為、己の気持ちを隠していたが、クドリャフカに彼氏が出来たのを境に理樹にアプローチを掛けている。
最近二人が一緒にいる姿を多く見かける様になり、不審に思っている。

・井ノ原真人
理樹の幼馴染で、同じアパートに住んでいる。
高校時代に一度クドリャフカと付き合ったが、三年の暮れに破局。
今では極々普通の友人関係に戻っており、理樹の恋を密かに応援している。

・棗恭介
理樹の幼馴染で、鈴の兄。
東京の会社に勤めており滅多に戻ってくることはないが、しばしば電話を掛けてくる。
高校時代クドリャフカを好いているという噂が出回ったが、真相は定かではない。

・三枝葉留佳
理樹達の友人。
高校時代に理樹に告白するが、断られる。
今では良き女の相談相手として理樹と腹を割った話が出来る間柄になっているが、その心中は未だ複雑な想いを抱えている。

・二木佳奈多
クドリャフカの高校時代のルームメイトであり、相談相手。
真面目気質は相変わらずで、クドリャフカの彼氏の人となりを好ましく思っておらず、それとなく注意を促していたが、事態は最悪の展開に進んでしまい、己のふがいなさを密かに悔いている。
理樹がクドリャフカを支え始めた事にひとまず安堵しているが、それを知った妹の気持ちが気にかかっている。

・神北小毬
理樹達の高校時代からの友人であり、鈴とは親友の仲。

・宮沢謙吾
理樹の幼馴染。
【高校編】にのみ登場予定。

・来ヶ谷唯湖
理樹達の高校時代の友人。
【高校編】にのみ登場予定。

・西園美魚
理樹達の高校時代の友人。
【高校編】にのみ登場予定。


・簡単なあらすじ
【高校編】
高校二年の冬、クドリャフカは真人に告白し、晴れて恋人同士となる。
その事実を知り、理樹はそこで自分がクドリャフカに恋心を抱いていたのだということを悟るが、今さらそれを伝える事は無理だと考え、その想いを燻らせる。
一方で鈴も理樹が気になりだしており、もやもやとした気持ちを抱えていたが、高校三年の春、葉留佳が理樹に告白したことで、遅まきながら鈴も己の気持ちを知る事となる。
しかし理樹の断った理由がクドリャフカが好きだからだという事を聞き、鈴は想いを打ち明けることをやめた。鈴は何よりも拒否されることを恐れ、それなら今の関係の方が望ましいと思っていた。
高校三年の冬にクドリャフカと真人が別れるが、受験期真っ盛りのその時に恋にかまけている余裕はなく、理樹達は勉強に明け暮れる。
遂に各々の胸中に渦巻く想いは交錯することはなく、理樹達は高校を卒業することとなった。

【大学編】
新生活に追われている内に、クドリャフカに新しい彼氏が出来た事を理樹は知る。
高校から燻らせていた想いは消えてはいなかったが、もはや半ば諦めている部分もあり、そして葉留佳から脈がないだろう事も言われ、理樹はクドリャフカへの想いを断ち切ることにする。
そしてその頃、鈴も理樹に近づこうと画策していた。鈴は待っていては何も起こりはしないのだということを見出していた。クドリャフカに新たな男が出来たことも、その思いに拍車をかけたのだった。
しかし、理樹が鈴になびくことはなかった。理樹はクドリャフカの想いを完全には捨てきれず、新たな恋に向かう気持ちもまだ持ち合わせていなかった。
そして何も変化がないままに夏季休暇を終え、しばらく経った頃、クドリャフカの妊娠が発覚する。それと同時、クドリャフカの男がバイト先に現れなくなり、連絡も途絶える。取り残されたクドリャフカは全てを投げ出し、家に閉じこもる。
大学に一向に姿を現さないクドリャフカを心配していた理樹は、佳奈多からその事実を聞かされる。
己の想いなどすっかり忘れ、居ても立ってもいられず、理樹はクドリャフカ宅へと向かうのだった。





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