あちしみおっち、ピッチピチの十七歳! 高校生も大分板についてきた、ぷりっぷりの女の子よ!
 親元を離れた寮生活は色々大変だけど、素敵な友達に恵まれて、毎日楽しく学校生活を過ごしているわ。
 最近はちょーっと寒くなってきて、ぶるるーって震えちゃうけど、今日も元気に学校に登校してきたわよ。みおっち優等生だから!
 予鈴三十分前には教室に入るのがあちしのいつものパターン。教室にはまだニ、三人しかいなかったりして少し寂しいんだけど、そんなひっそりとした空間も好きなんだ。ま、ギリギリに来るよりは全然いいよね。
 んで、まだそんなに人はいない時間に教室に来たあちしは、一目散に鞄から本を出して読む。それが日課なの。
 あちしは本が大好きだから。一人の生活も、本を読んでたおかげで乗り切れたって言っても過言じゃないわね。それくらい、あちしと本は切っても切れない関係なの。もはや一心同体? 心の友? というよりも結婚の勢い? まぁ最後のはジョーダンだけどね! でも、それくらい大切な存在なの、あちしにとっての本は。
 今日はナルコレプシーに関する分厚い学術書を読んでるわ。何でかはわからないけど、図書室で見つけた時から妙に気になっちゃって……ううん、嘘。ホントはわかってる。ただ、恥ずかしくて自分の気持ちを見つめられないだけ。
 あちしには好きな男の子がいるの。優しくて、笑顔が素敵な、とっても可愛い人。

「おはよー」

 あ! 噂をすれば! マイラヴァー直枝君がやってきたわ!

「西園さん、おはよう」
「……おはようございます」

 あちしのところまで来て律儀に挨拶をしてくれる直枝君。一緒に来た井ノ原君や宮沢君はすぐに自分の席に行っちゃったのに。もう、かわいいなぁっ! あちしも挨拶して、ぺこりとお辞儀を返しちゃう。完璧だね!
 あちしちょーっと人見知りが激しくて、人前だと物凄い静かな女の子になっちゃうの。別に猫を被ってるわけじゃなくて! その、出そうと思えば出せるはずなんだけど、そうしようとすると、喉から全然声が出てこないの……こういう処世術を身につけて随分長いから、もう染み付いちゃってるんだと思う。
 いつかは、直枝君だけにでも、あちしのありのままを見せられる日が来るといいな。そしてそれを、受け入れてくれたら……。

「西園さん?」
「えっ! は、はいっ、どうしました?」
「いや、聞きたいのはこっちなんだけど。いきなり遠くの方見てる様な目をして、ぼーっとし出したから」
「な、何でもないです。気にしないください」
「そう? ならいいけど」

 直枝君は小首を傾げたまま、自分の席に行っちゃった。
 危なかった……夢見心地なアホ女に見られちゃうところだったじゃない。もう、みおっちのバカバカ!
 もう本読む気分になれないや。一ページしか読んでないけど……いっか、やめよ。
 直枝君の顔色は……うん、大丈夫そうだね。素人のあちしが見たって何もわかりはしないんだけど、直枝君が元気そうにしてるのは、やっぱり嬉しいな。
 直枝君は、ナルコレプシーにかかってるの。あちしがナルコレプシーについて調べようと思ったのも、全ては彼の病気を詳しく知りたいと思ったのがきっかけ。
 過眠症の一種で、昼間から突然眠りだしちゃう病気。それがナルコレプシー。これは直枝君から教えてもらったんだけどね。
 確かに授業中とか居眠りしてること多いもの。何度か突然道端で倒れたー、なんて話も聞いた事あるわ。
 とりあえず皆、『急に寝ちゃいだす病気なんだなー、大変なんだなー』くらいの気持ちでいて、大雑把にだけど事情を汲んでくれているのがわかるんだけど、多分誰もナルコレプシーに詳しい人なんていないと思うわ。『そんなの病気って言えるのかよ』って笑ってる人もいるかもしれない。そして、あちしもあまりよくわかってなかったの。
 だから、あちしは調べることにしたわ。どういう病気で、どういう原因で発症して、どうすれば治るのか。時間はかかりそうだけど、苦にはならないと思う。あちし、本を読むの好きだし、調べ物も嫌いじゃないし。
 それに……それに、好きな人の為って考えれば、どんなことでも頑張れる気がするの。

「おい理樹。小毬ちゃん知らないか?」
「いや、見てないよ。まだ来てないんじゃないかな?」
「そうか。まぁいい、そういえば今日ドルジのやつがな――」

 むっ! あちしが考え事をしている隙に、棗さんが直枝君と仲睦まじげに話してる! いいなぁ。
 棗鈴さん。あちしと同じクラスの女の子で、直枝君とは小さい頃からの幼馴染。小柄なんだけど、長いポニーテールと吊り目でどこか気が強い感じがするコ。猫っぽい、て言えばいいのかな? あまり人を寄せ付けない雰囲気持ってるし。男の子達には人気があるみたいだけど、女の子達からはあまりいい様には思われてないみたい。あちしは、まぁ、あまり関わりあいがないから特に気にしてないって言えば気にしてないんだけど……でも、一つだけ気がかりな事があるの。
 棗さんは他人なんかどうでもいいみたいな雰囲気出してるけど、直枝君の事が好きだと思うの……ううん、絶対そう。そうに違いないわ。
 同じ男に恋する女にはわかるのよ。あちしの乙女センサーがビンビンに反応してるわ……あ、ほらっ、今笑った! あんな顔、直枝君以外には見せないもの! まず間違いないわ! あの目は男を狙う目よ……虎視眈々と付け狙うメス猫ってトコロかしら。
 でもね! でもねでもね! こないだ直枝君にさりげなく聞いてみたら、「鈴は妹みたいなものだから」って言ったの! 恋人とかそういう風には考えたことないって! やった、やったわあちし! 
 でもやっぱり、油断は出来ないわ……そういう気持ちはないって言ったけど、どうなるかはわからないもの。一歩間違えればずっぽしいっちゃうような仲だから、あの二人。

「そしたらさ、恭介が言うんだよ。『俺は(21)という数字に魅入られてしまったのかもしれない』ってね」
「バカだな、あいつ」
「ホントにね。今では二十一歳になるのが待ち遠しいなんて言ってるんだよ?」
「あいつは兄としてはもう終わってるな。あとで蹴りに行かないと」

 うぅ、あんな楽しそうに話しちゃって! 悔しいなぁっ!
 あの二人が楽しそうに笑ってるのを見ると、不安でしょうがないんだ。昼休みには、放課後には、明日には、あの二人は付き合っているかもしれない。そう思うと、あちしは夜も眠れない。直枝君を思いながら独り、我が身を慰めるばかり……これも冗談ですけどねー!
 だいじょーぶ! あちしが本気を出せば、棗さんなんか目じゃないくらいに直枝君をメロメロに出来るんだから! 
 今はまだ勇気出せないけど、いつか、絶対直枝君と付き合ってみせるんだから!
 待っててね、直枝君!――





「これはまた、どぎついのが来たね」
 
 台本を見ながら理樹は苦笑した。

「まぁ、このくらいならどうということはありません」
「え、ホントに?」
「……何をそんなに不思議がっているのですか?」
「いや、人形劇の西園さんの演技は見てるし、出来ない事はないだろうと思うけど、それにしたってきついんじゃ」
「軍曹をやらされるよりは、断然マシです」

 そう言って、美魚はページを捲った。それに釣られて理樹も次のページへと移る。そして読み始めた瞬間、目を点にさせた。

「西園さん」
「はい」
「次のシーン、『オタク魔女ミドリ』ってなってるけど……これって、ドタバタコメディじゃないの?」
「日曜の朝に放送されるアニメの様なノリを目指したのだそうですよ」

 理樹の方は一度も見ず、台本に視線を落としたままで、淡々と美魚が言った。
 ――子ども向け……ではない気がするけどなぁ。
 美魚の言葉と台本に載っているシナリオを比べながら、理樹はそう思った。監修に携わったのは恭介だということは前々から知っていたが、やはり恭介の思考はよくわからないなとも感じた。
 オタク魔女なんて名前で少年少女が食いつくわけがない。というか、我が身を慰めるとか、どう考えてもアウトじゃないか。
 台本を読み進めながら心中で逐一ツッコミを入れていた理樹であったが、ふと思い立った様に顔を上げた。

「ねぇ、西園さん?」
「何でしょう」
「西園さんが実はこういうキャラ、なんてことはないよね?」
「……さぁ、それはどうでしょう」

 そう言って、上目遣いに理樹に微笑むと、さぁ早くやってしまいましょうと続きを促した。
 打ち合わせは、まだ始まったばかりだった。



次回予告!

「この学校には秘密がある」
突然『怪盗うまうー』と名乗る男が現れ、美魚に謎の言葉を残す!
「きゃーっ!! じゃがいも泥棒よー!!!」
その時、校内に女性の悲鳴が!
奇妙な仮面をつけた不審人物、手にはじゃがいも!
逃走現場に鉢合わせた美魚に、魔の手が忍び寄る!
「今だ西園君! NYPステッキを掲げるんだ!」

「……行きますっ!」

次回! 『オタク魔女ミドリ登場』
「楽しみに待っててね!」




次回は永遠にやってきません(ぉ






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